イアンふたたび  第2話

 
 突然の激痛に眠りを破られた。最低の目覚めだ。身体全体が痺れたように重い。
 目を開きかけて、あまりのまぶしさに顔をしかめた。

「さっさと起きろ、バカ犬」

 厳しい叱責の声と同時に、再び激痛に襲われた。――バカ犬?
 制服が脱がされて、全裸になっていた。
 おれは身を起こそうとしたところを、何かに首を絞められてのけぞった。
 喉元に手をやると、覚えのある手触りがした。首輪がはめられている。首輪から伸びたリードは床のフックにかけられていた。
 そこは、地下牢を模した調教部屋だった。天井や壁から鎖が垂れ下がっている。目の前には大きな鏡があり、部屋の隅からおれに浴びせられたスポットライトを眩しく反射していた。

「なぜ?何があったというんだ――」

 起きあがりかけた背中を鞭で叩かれ、崩れ落ちた。

「犬が口を利くな」

 おれは奥歯を噛みしめて、痛みに耐えた。次の鞭が振るい下ろされる前に、急いで四つん這いになった。

「それでいい。成犬だけのことはある。鏡を見てみろ。這う姿がさまになっているぞ」

 鏡の中に裸の犬が映っていた。おれは唇を噛んだ。
 あの忌まわしい事件の後、1年以上もデクリオンの仕事をこなしてきたのに、また犬に逆戻りなのか。

「顔をあげろ、イアン」

 見上げると、白髪の紳士が鞭を手に立っていた。ハーレー卿だ。名前と顔だけは知っていた。
 おれが逆立ちしても身につけられない、上流階級ならではのRP英語から察しはついていた。

「お願いです、もう一度犬に戻る前に教えて下さい。どうして――」

「いいだろう。
 パテルがご自分の館で飼う犬におまえをご指名になった。
 パテルは既に数匹仔犬を抱えておられる。アクトーレスの経験のあるおまえなら、丁度いい」

「――また、アクトーレスが40人、欠員になりますよ」

「それはどうかな。おまえの再教育はドムス・ロセで秘密裏に行われる。他のスタッフには、おまえはパテルお抱えの専属アクトーレスとして栄転したと伝える。おまえが抜けた後は、繰り上がりで昇進だ。レイモンド・カーが失脚したときのように。めでたしめでたし。真実に気づくものは誰もいないだろう」

 勝手な論理に目眩がした。
 しかし妙な説得力がある。殺人事件を捏造されたときは、ラインハルトですらおれを嫌悪した。今回のような旨味のある嘘を見破ってくれるとは、到底期待できない。

 ――レオポルド、おまえとタスマニアに行きたかったな。
 奴は今頃コロンビアのコーヒー農園で友達と再会を祝しているだろう。特製オリジナルブレンドを持って戻ってくる頃には、おれはパテルの館の檻の中だ。

「さあ、お話の時間は終わりだ。わたしに手間をかけさせるな――それとも、友達の犬の最期の話でもしたいかね」

 おれは凍り付いた。脅しだ。
 脳裏に浮かんできたのは、レオポルドの無邪気な笑顔だった。
 辛いこともケロッと忘れてしまうレオポルド。しかし、奴が今までに数え切れないほどの苦難をくぐり抜けてきたことを、おれは察していた。語られずとも、孤児院育ちのおれには分かる。
 いつまでもそうやって笑っていろ、レオポルド。
 おれは犬になる。


 両手を広げた形で金属棒に手首を固定されて、天井からの鎖に吊された。両足首も同じように金属棒に留められた。
 
「それでは、不服従の罰を受けてもらおうか――鞭で打ってくれ」

 ハーレー卿が呼びかけた先に、金髪の男がいた。ラインハルト?いや、彼よりももっとシャープな体つきだ。
 男は吊られたおれの周りを一周しながら、ヘイゼルの目を細めておれの身体を凝視した。
 まもなくワゴンから長い鞭を選び取り、両手で軽くしならせたかと思うと、鋭く鞭を放っておれの背中を切り裂いた。

「ウッ」

 この男の鞭打ちは手慣れていた。おれのうめき声はほどなく絶叫へと変わっていった。

「ク、アアア――」

 背中が焼ける。吊られた腕が抜けそうだ。腕に負担をかけないように足を踏ん張ろうとしても、古傷が痛んで力が入らない。
 ハーレー卿が、おれの足の金属棒をすくい上げて、1フィートほどの高さの小さな踏み台に括り付けた。
 お陰で串刺しの傷は痛みから解放されたが、無論彼の狙いはそんなことではなかった。

「ルビー、交替だ」

 目の前にハーレー卿の鞭が振り下ろされた。思わず身を引いたが、ルビーが後ろから鞭の柄で押し出してきたために、おれは腹を突き出されてまともに鞭を受けることになった。

「ヒギャアアアアアアアア――――――」

 おれは痛みに跳びはねた。鞭は容赦なく次々に襲いかかってきた。胸、腹、内股。背中を打たれるのとは比べものにならない痛みだ。真っ赤になった視界に、火花が散った。やがて喉は涸れ、おれは声にならない叫び声を上げていた。
 そしてペニスを打たれたとき、ついに意識を手放した。


 生皮を剥がされるような痛みに、目を覚ました。
 ルビーがおれの身体を拭いていた。

「消毒だ。傷はたいしたことはない。すぐに綺麗に治る」

 ルビーは、ミネラルウォーターのペットボトルをおれの口元に差し出してきた。
 ひどく喉が渇いていた。口を開くと、ボトルを傾けて飲ませてくれた。
 しかし、その手がおれの口をがっしりと捉えたとき、それが優しさからだけのものではないことがはっきりした。
 2リットル入りのペットボトルが空になるまで、おれは水を飲まされ続けた。

 おれは天井から吊され続けていた。腕や肩の感覚が麻痺してきていた。
 ハーレー卿とルビーは丸テーブルに着いて、ゆったりとお茶を楽しんでいた。空色のティーカップを上品に傾けている。
 あのティーセットを持ち込んだのは、ハーレー卿だったというわけか。控え室には不似合いの貴族趣味なジャスパーウエアで、異状に気づくべきだったのだ。
 
 
 膀胱が破裂寸前だった。おれは決して聞き入れられないだろう願いを口にした。

「――バスルームに、行かせてください」

「バスルームだと?犬がそんなところに何をしに行くのかね」

「――小便を、させてください」

 ハーレー卿の茶色い眼がきらめき、ルビーに合図を送った。ルビーはおれのそばにやってくると、ミネラルウォーターのペットボトルをおれのペニスに当てた。先ほどおれに飲ませて空にしたボトルだった。
 おれは屈辱に俯いた。

「イアン。顔を上げろ」

 ハーレー卿にステッキで顎を押し上げられた。
 逆らっても無駄だ。所詮、生理現象だ。早く慣れろ。犬の生活を思い出せ。
 力を抜くのは、難しくなかった。すぐに堰を切ったように小便がほとばしった。
 プラスチックを打つ音に顔が赤くなる。小便は、ルビーが支え持つペットボトルにどんどんたまっていった。流れが止まると、ルビーはペットボトルに再びふたをして床に置いた。

「いい子だ――楽にしてあげよう」

 おれはようやく天井の吊りから下ろされ、手枷足枷から解放された。ルビーの細い指がおれの肩や腕を手早く揉んでくれた。痺れた身体に血が巡って、大分楽になった。
 ほっと息をついた瞬間、ハーレー卿のいらいらした声が飛んできた。

「いつまで寝そべっている」

 おれは力を振り絞って、四つん這いに立ち上がった。

「さて、こちらのタンクも空にするとしようか」

 浣腸だ。覚悟はできていた。
 しかし、ルビーがシリンダーに取り付けるものを見たおれは、度肝を抜かれた。――さっきのペットボトルだ。
 シリンダーはみるみるうちに黄色い液体を吸い上げていった。おれの覚悟はぺしゃんこになった。

「い、いやだ、やめてくれ」

 おれは四つん這いになっていた尻を下ろして肛門をかばったが、ハーレー卿に首輪のリードを引っ張られて、ぶざまに顎から床に突っ伏した。
 ハーレー卿は更に首を押さえつけて、おれの動きを封じ込めた。

「あ、ああ、ああ、や、やめて。お願いだ、こんな、あんまりだ」

 肛門にシリンダーの口が差し込まれる。生暖かい液体がおれのなかに注ぎ込まれた。
 おれの中は、おれ自身の小便でけがされていった。

 おれは排水溝まで這っていって、いきんだ。さっさと終わらせてしまいたかった。

「誰が顔を伏せていいと言った。甘えるな」

 馬鹿馬鹿しい。こんな時に顔を上げていられる人間がいると思っているのだろうか。

 しかし、おれはもはや人間ではないのだ。ただの裸の犬だ。
 一度は幸せな生活に戻れたような気がしたが、おれが夢見た世界は、再び足下から崩れ落ちようとしていた。
 それでも、最後の砦だけは譲れない。
 奴には光の中を羽ばたいていってほしい。闇で悶えるのはおれだけでたくさんだ。

 おれは顔を上げた。
 ハーレー卿の茶色い眼が満足そうに笑みを浮かべた。
 おれの肛門はあられもない破裂音を立てて、小便だか大便だか分からないものを噴出した。
 頬に止めどなく涙が流れていた。ルビーがそっと手でぬぐい取ってくれた。彼の手のひらから伝わる温かさが胸に染みた。


 2回続けてぬるま湯で洗腸されると、ぐったりして身体に力が入らなくなった。
 ハーレー卿はおれの肛門をつぶさに観察し、指でかき回した。次第に増やされていく指に中をかき回され、おれは快楽を強要された。

「はあ、ああああ、ああああ」

「いい声で鳴くようになってきた。フィストもいけそうだな」

「こらえてください。壊してしまっては、元も子もありませんよ」

「わかったよ」

 ハーレー卿の4本の指が引き抜かれた後に、ルビーのペニスが入ってきた。

「かはっ」

 思わず喘いだ口にすかさずハーレー卿のペニスが突き込まれた。
 続いてハーレー卿に乳首を、ルビーにペニスをなぶられる。
 鏡に、前後から犯されて淫らに喘ぐ犬が映っていた。

「ん、ん、あ、あ、あああ、ああああ―――」
 
 精を放って、床に突っ伏したおれの耳に、ハーレー卿の淫猥な声が降ってきた。

「もう入りそうか」

「はい、準備は整いました」

 ルビーのペニスが入ったままの肛門が、指で思い切り広げられた。
 ハーレー卿はおれの口からペニスを引き抜くと、そのままおれの下からペニスを突っこんできた。
 ルビーに背中を押されて、おれの肛門は2本目のペニスをくわえ込まされた。

 2人に上下から揺すぶられて、おれの意識は弾け飛んだ。快楽の源から電流が走り、身体の激しい痙攣が止まらない。おれは目を瞠って空を見つめ、嬌声を上げ続けていた。

「はあ、あああ、は、ああああ、ん、ああ、はああああああああああ―――――――」

 おれの射精につられてルビーが達し、ほぼ同時にハーレー卿が精を放った。
 放出が終わったとき、おれの身体はぼろ雑巾のようになっていた。



 2人がずるりとおれの中から出ていこうとしていたとき、突然爆発音がして、調教部屋のドアが開いた。
 レオポルドが立ち尽くしていた。

「ヴァッファンクーロ!フィッリオ・ディ・プッターナ!」



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